(15)糖尿病の合併症(目,腎臓,神経)
1.糖尿病による眼合併症

 糖尿病による眼への影響にはさまざまなものがあります。白内障(視力低下が生じます)・眼筋麻痺(物が二つになってみえます)・虹彩炎(充血,眼痛,視力低下がみられます)などがありますが一番恐ろしいのは糖尿病網膜症です。
 糖尿病の3大合併症の一つである網膜症は進行・悪化すると失明する恐ろしい合併症であり,いまだに日本では中途失明原因の第一位です。
 網膜というのは眼球の奥にある神経の膜で,ここには多くの血管が腫れたり詰まったりし,そのために血管で養われている網膜が障害を受けるのです。
 糖尿病網膜症には単純網膜症,前増殖網膜症,増殖網膜症(放置すれば失明します),さらに黄斑症があります。黄斑症というのは網膜の中心を黄斑部といいますがこの部分は最も視力に関わる重要なところで,特にこの障害が強いものをいいます。また網膜症が進行していても黄斑部が侵されていなければ視力がよいこともあります。ですからたとえ視力が良好でも眼科医による定期的な眼底チェックが必要なのです。
 糖尿病網膜症を引き起こす2大要因は糖尿病罹病期間と糖尿病コントロール状況です。糖尿病コントロールが良ければ網膜症は出にくいし,進行をくいとめられることがわかっています。そして進行した網膜症の治療も黄斑症の治療も困難です。ですから網膜症がおこらないように厳重な糖尿病コントロールが望まれます。

2.糖尿病性腎症

 糖尿病の重要な合併症のひとつに「糖尿病性腎症」があります。ここではまず腎臓のはたらきについて簡単に説明してから,腎臓をおかす糖尿病性腎症について説明します。

1)腎臓のはたらき仕組み
 わたしたちの腎臓は,そら豆を大きくしたようなかたちで,腰の部分の背中寄りに左右1個づつ2個あります。腎臓は24時間休みなく次のような仕事をして,わたしたちのからだを健康に保つため働いています。

@新陳代謝によって作られたり,食事で食べたりしたもののなかで,からだにとって要らなくなった老廃物を尿に溶かし込んで排泄する。
A身体の水分や塩分が一定になるように,尿の量や濃さを調節する。
B血圧を調節する。
Cホルモンを作り,赤血球の量やカルシウムの量を調節する。

 腎臓に入った血管は細かく枝別かれして,最終的に直径約0.1mmの「糸球体」という毛細血管の束になります。糸球体は1個の腎臓に約100万個あります。血液に含まれる老廃物は,この糸球体で濾過されて尿になります。尿は糸球体に続く「尿細管」という細い管を通る間に水分や塩分の調節を受けて,最後に膀胱・尿道から排泄されます。

2)糖尿病性腎症の原因
 まだ充分解明されていない点もありますが,現在のところ糖尿病性腎症の原因はおおむね次のように考えられています。
 糖尿病のために血糖が高い状態が続くと,腎臓,なかでも糸球体を作っている物質がくっついてしまい,糸球体のはたらきが障害されてきます。そのため,本来は老廃物のみが濾過されるのですが,身体にとって必要な蛋白質なども濾過されてしまうようになってしまい,尿に蛋白が出るようになります。さらに病状が進行すると,糸球体がつぶれてしまい,老廃物の濾過が行われなくなり,身体に老廃物や水分が貯ってきてしまいます。
 また,糖尿病に合併しやすい高血圧や高コレステロール血症なども,動脈硬化を進行させ糖尿病性腎症を悪化させる原因となります。

3)糖尿病性腎症の症状
 糖尿病性腎症の初期には,尿に蛋白が出るだけですので,いわゆる「痛い・痒い」などの自覚症状はありません。しかしこの時期に治療を始めることが,糖尿病性腎症を悪化させないために大切なことです。最近は「微量アルブミン尿検査法」によって,ごく少量の蛋白尿を見つけ出せますので,糖尿病性腎症を早く発見することができるようになりました。定期的に尿検査を受けることにより,早いうちに糖尿病性腎症を発見し,治療することができます。
 糖尿病性腎症が進んでくると,尿に大量の蛋白が出るようになり,血液中の蛋白質が減ってきてネフローゼ症候群といわれる状態になり,むくみや疲れやすいなどの症状が出始めます。この時期には尿検査だけでなく,血液検査にも異常がみられてきます。
 さらに病状が進み,からだに老廃物が貯ってくると,腎不全・尿毒症という状態になり,食欲の低下,強い疲労感,むくみがさらにひどくなるなど色々な症状が出現します。

4)糖尿病性腎症の治療
 最もたいせつなのは,運動療法・食事療法・経口血糖降下剤・インスリンなどを正しく用い,血糖のコントロールをきちんと行うことです。微量アルブミン尿の時期であれば,特に腎臓に対する治療をしなくとも,血糖コントロールを厳密に行うことで尿検査が正常に戻ることも多いものです。原因のところで述べたように,高血圧や高コレステロール血症があればその治療の必要があります。
 糖尿病性腎症の進行度合に応じて,抗血小板剤・ACE阻害剤・利尿剤・経口吸着剤など様々なくすりが使用されます。蛋白尿の増加している時期には運動療法は若干制限されます。また,食事療法もそれまでの糖尿病食に加えて,腎臓食(塩分蛋白制限)の適用も必要となります。
 からだに老廃物が貯まり,むくみが強くなる腎不全・尿毒症の時期には,老廃物や水分を取り除くために,血液透析やCAPD(腹膜透析)を行います。糖尿病性腎症が悪化し透析治療をうけなければならなくなった人の数は,日本で年間1万人を超え,年々増加しています。腎臓が悪くなる病気は糖尿病以外にもたくさんありますが,人数は糖尿病が第一位なのです。
 定期的に診察・検査を受け,血糖のコントロールを正しく行うことが,糖尿病性腎症を防ぐことにつながります。またそれが,万一糖尿病性腎症が発病した場合にも早期に発見し,適切な治療を受けることを可能にします。

3.糖尿病性神経障害
 糖尿病性神経障害は,糖尿病の三大合併症の一つで,表1に示すように全身に多彩な症状をもたらします。
 糖尿病性網膜症,同腎症の進行が潜在的であるのに比べ,神経障害の症状は糖代謝異常の随伴症状といわれるほど早期に自覚されます。また,糖代謝異常を早期に是正すれば速やかに改善します。
 神経障害は,可逆的な面がありますが,進展すると神経組織の変性が不可逆的となり,二次的臓器障害を起こします。無症候性低血糖症,胃無力症(胃麻痺)による血糖コントロールの不安定化,膀胱障害による尿路感染症,起立性低血圧を誘因とする重篤な不整脈,無痛性心筋梗塞,壊疽の感染などをひきおこし,さまざまな致死的病態が完成することになります。
 糖尿病性神経障害を早期に発見し,糖尿病の自己管理を徹底することが進展防止策の鍵となります。

【治療】
 現在,使用可能な治療薬を表2に示します。アルドース還元酵素阻害薬(ARI)はポリオール代謝亢進を抑制し,糖尿病性神経障害(ニューロパチー)の進展阻止が期待されます。SimaらはARIが神経再生を促進すると報告しています。プラセボとの二重盲検試験でも有効性が示唆されています。プロスタグランジンE1(PGE1),シロスタゾールには微小循環改善効果があり,対症的にも冷感,しびれ感に有効性が期待されます。ビタミンB12とビタミンEは神経代謝改善薬として用いられます。

【痛みに対する対策】
 錯覚感を伴う疼痛に対しては,皮膚を刺激しないような靴下や下着の着用を勧めます。温浴や歩行は軽症例で疼痛軽減効果があります。薬物療法としては一般の抗炎鎮痛薬の経口投与や坐薬,抗不安薬,PGE1などが用いられます。塩酸クロニジン(カタプレス)は灼熱痛様の痛みに対し,夜間投与が勧められます。カルバマゼピン(テグレトール)やクロナゼパム(リボトリール,ランドセン)などの抗痙攣薬も神経痛に対し用いられます。
 最近,塩酸チアプリド(グラマリール)やメトクロプラミド(エリーテン,プリンペラン)の抗疼痛作用が注目されているほか,塩酸メキシレチン(メキシチール)有効の場合もあります。疼痛性ニューロパチーの多くはうつ状態を伴い,三環系あるいは四環系抗うつ薬は中枢性疼痛軽減作用もあり,就寝前の服用が効果的です。